2007年12月06日

責任転嫁。

ここ数日世間を騒がしている高校生の理数系学力低下問題。
やれゲームのせいだ、やれ携帯電話のせいだと、
この問題の本来の原因を作った世代の方々が、
見え見えの責任転嫁をしているのがどうにも気に入らない。

戦後日本の復興・高度経済成長を支えてきた、
「団塊の世代」の頑張りには心より敬意を表する。
だが、功成り名遂げた後に、貴方達が学問・教育に
対して行った行為は「破壊」そのものではないか。
経済発展および自社の経営を第一義とし、
技術立国としてしか生きる道のない日本の根幹である
基礎学問をないがしろにしてきたのは、
他ならぬ貴方達ではないのか。


既に「元」が付いてしまうが「研究者」の立場から
言わせてもらえば、今の日本では、研究を行っていても
「夢」や「使命感」を感じることが少ない。

自分が過去に築き上げた栄光・既得権益にしがみつき、
学生やポスドクの自由な発想を取り上げる高名な教授のご歴々。
小さな研究会などは、本来は若手研究者にとっての
情報交換の場であるべきだが、退官間近な教授連中の
社交場と化している例も少なくない。

科学振興のために文科省が実施した「博士倍増計画」はどうだ。
博士クラスの研究者を養成し世に送り出したは良いが、
そんな彼らが就くポストは用意していないという
思いっきり片手落ちな愚策ではないか。
毎年翌年の食い扶持を気にしなければならないポスドクに、
腰の落ち着いた良い研究が出来るはずないじゃないか。
目先の結果に目を奪われ、研究者としての使命感を忘れ、
重箱の隅をつつくような些末な研究しか行えない。
結局夢やぶれて路頭に迷う研究者がどれだけ生まれたことか。

トドメは国立大学の独立行政法人化ときたもんだ。
すぐにビジネスに繋がるであろう企業のヒモ付き研究ばかりが
もてはやされ、基礎研究は目もくれられず。
「研究は素晴らしいがお金儲けは下手」なんて研究者は淘汰され、
50年先に繋がるであろう基礎研究は衰退の一途である。

アカデミアではなく企業の若手研究者だって例に漏れず。
研究の「け」の字も理解していない経営陣に頭を押さえつけられ、
先を見据えた夢のある研究になど携わらせてもらえない。
自分の株の配当が全ての人間にとっては、
明後日ではなく明日でもなく今日が大事なのだ。

最後のだめ押しとばかりに彼の世代が行ったのは、
「個性」などというややもすれば言い訳にしかならないモノを、
それも形式的にしか重視していない「ゆとり教育」などという
アホな教育政策。

自分に子供が生まれ、その子供が研究者になりたいといった時、
こんな状況で私は素直にその背中を押してやれるだろうか。
学問への意欲の低下、ひいては学力低下の原因を
ここまで作っておきながら、したり顔で語る彼の世代の人間には
大変疑問を感じる。危機感を感じるのは結構だが、
モノやら今の世情に対する責任転嫁は止めて欲しい。


こんなことを言っている私は実は団塊の世代Jrだが、
その世代の一員でありながらもワタクシに科学の面白さを
楽しく教えてくれた自分の父と、優しく数学の基礎を
教えてくれた祖父には心から感謝していることは、
最後に申し添えておく。


あー、書きたいことぶちまけたらちょっとスッキリ。
posted by JASPER-RX at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
話は少しずれるが個性教育が始まった頃、そうチェッカーズのぎざぎざハートの子守唄がはやっていたあの頃、つぶされるくらいの個性なら入らない、と僕は思っていた。そんなやわな個性守ったって百害あって一利なしと思っていた。

そうそううちのちびっ子の名前、いろいろ悩んだ末、田中耕一さんからもらうことにした。父親と違って状況に負けない、ちゃんとした科学者にしてやりたいなと密かに思っている。あくまで密かにだけどね。
Posted by ぶうたろう at 2007年12月07日 09:14
う〜ん、世の中全体が「目先の利益絶対至上主義」に陥っていることは間違いないですな。

天然資源に恵まれず国土も狭い日本が、世界でも有数の国力を持つようになったのは技術力のおかげなのだけど、今の国内を見ると「自分が安泰でよければそれでいい」という人が多数のような気がしますね。

人口ピラミッドで高齢層が増加したせいなのかどうか…
Posted by ケロタン at 2007年12月22日 11:10
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